三都主アレサンドロの現在

公開日: : 最終更新日:2019/03/05 男性スポーツ選手

かつて、サッカー日本代表として活躍した選手に三都主アレサンドロさんがいました。
ディフェンスから攻撃的なフォワードまでこなす万能な選手として数々の有力Jリーグチームを渡り歩き、海外を含めて在籍した4チームで要の選手として優勝を経験しました。
そんな三都主アレサンドロ選手ですが、今はどうしているのでしょうか。
三都主アレサンドロ選手の現在を調べてみました。

三都主アレサンドロ

三都主アレサンドロさんが来日したのは高校生の時、高知県の明徳義塾高校へのサッカー留学でした。16歳ですでにプロデビューしていた三都主さんの練習試合を、ブラジルで見学していた明徳義塾高校サッカー部の関係者が見てスカウトされました。

高校卒業後は清水エスパルスの練習生として参加した後に契約。他の外国選手の故障により1年目からコンスタントに試合に出ていたようです。入団2年目には、史上最年少の22歳でJリーグ最優秀選手賞を受賞しています。

三都主アレサンドロ

清水エスパルスには1997年〜2003年まで在籍。その後、2004年〜2009年までは浦和レッズで活躍しました。移籍金は横浜フリューゲルスからヴェルディ川崎に移籍した前園真聖さんを超えて、当時の国内最高額となる推定3億8000万円だったそうです。
三都主アレサンドロ選手は浦和でも4度の優勝に貢献しています。

三都主アレサンドロ

2007年からは1年間の期限付きでオーストリアのレッドブル・ザルツブルクに移籍。移籍1年目のシーズンにはリーグ優勝を経験しましたが、翌シーズン前半まで在籍した間で、わずか11試合の出場にとどまったようです。

三都主アレサンドロ

帰国後は浦和レッズに復帰するも、ケガや監督による若手起用の影響により出場機会が激減。ストイコビッチ監督のラブコールにより名古屋グランパスに完全移籍しました。
名古屋グランパスには2009年〜2012年まで在籍。その後は、J2の栃木SCやFC岐阜に在籍するも、十分な活躍ができませんでした。

2015年には、2003年に結婚した日本人の奥さんと2005年に生まれた男の子を連れてブラジルに帰国。
2月〜6月までブラジルでの生まれ故郷であるパラナ州選手権1部マリンガFCに在籍。
8月〜10月まではパラナ州選手権3部のグレミオ・マリンガに所属。

2016年からは同じパラナ州にホームを置くパラナ・サッカー・テクニカル・センターに在籍しています。
このクラブは日系ブラジル人の医師、弁護士を含むグループによって1994年に創設。クラブ活動の中心はユースチームの運営であり、ブラジル各地から集めた若い選手を育成して有名クラブに転売するというビジネスを行なっているようです。
また、日本人のサッカー留学も受け入れているとのことです。

2017年時点も上記のクラブに在籍しているようですが、現役は引退しており青少年支援活動を行っているようです。

三都主アレサンドロ

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