新田恵利の現在

公開日: : 女優, 女性タレント, 女性歌手

1980年代に一世を風靡したアイドルグループ「おニャン子クラブ」。その中心メンバーとして人気を誇った新田恵利さん。
最近テレビで見かけることはありませんが、いったいどうされているのでしょうか。
新田恵利さんの現在を調べてみました。

新田恵利

新田恵利さんは1968年3月17日、埼玉県上福岡(現・ふじみ野)市のご出身。
高校在学中の1985年4月、「おニャン子クラブ・会員番号4番」として、アイドルバラエティー番組「夕やけニャンニャン」(1985~1987年・フジテレビ)に出演されますが、「自分は芸能界に向かない」と判断され、同番組を辞めようとします。
ところが『週刊文春喫煙事件』(当時の未成年メンバーの喫煙行為が、週刊誌『週刊文春』の記者に写真を撮られスクープ記事にされた)により、在籍していた数人のメンバーが「おニャン子」を脱退してしまった為、新田さんは番組出演を継続される事になりました。
同年7月、「おニャン子クラブ」のデビュー曲『セーラー服を脱がさないで』が発表され、新田さん自身もグループの「顔」として、知名度を上げて行かれます。

新田恵利

軌道に乗り始めた矢先、新田さんの父親が亡くなられ、その年いっぱいの「夕やけニャンニャン」を欠席されます。更に、ビデオ映像『臨海学校』の撮影先のハワイで高熱で入院するアクシデントに見舞われました。
これらの試練を乗り越え、1986年1月に発表されたシングル「冬のオペラグラス」でソロデビューをされ、オリコンチャート1位・30万以上の売り上げ枚数を記録しました。しかし人気絶頂の中、同年9月に番組「夕やけニャンニャン」及び「おニャン子クラブ」をご卒業されます。

新田恵利

「おニャン子」卒業後は、ソロとしての活動を始められ、シングル・アルバムの発表、ドラマ出演もされますが、1990年に芸能界を一旦、引退されます(『作詞家』志望でもあった新田さんが、同年2月発表の引退シングル『プロローグ~いいだせなくて~』では「絵梨」というペンネームで、新田さん自身で作詞をされています)。
1993年6月、テレビドラマ「映画みたいな恋したい」(1990~1993年・テレビ東京)に出演&9月に写真集『吐息を奪って』(パパラブックス)を出版された事により、芸能界復帰をされます。
そして、1996年8月8日の『フジテレビの日』に、「復活夕やけニャンニャン」と題し、1日限りで番組が復活します。同番組のイベント担当だったフジテレビ社員の方と新田さんが、その年にご結婚されます。

新田恵利

【新田恵利さんの現在】

2002年に『期間限定』とはいえ、「おニャン子クラブ」が再結成され、新田さんも活動に参加されます。そして、新曲『ショーミキゲン』をリリースされ、同年12月に放送されました「FNS歌謡祭」(フジテレビ)にて、『セーラー服を脱がさないで』&『ショーミキゲン』をメンバーの方々と共に披露されました。
2000年代に入ると、「歓迎!ダンジキ御一行様」(2001年・日本テレビ)等のテレビドラマ出演や、「アイドル時代の『裏話』を語る」という内容等で、テレビ出演の機会が多くなりました。
またこの頃は、新田さん夫婦で神奈川県逗子市へ移住され、逗子&鎌倉について紹介する番組にも出演されています。
2010年に放送された、テレビCM「サントリー『ボス 贅沢微糖』」・第8弾「贅沢銀行」篇で「おニャン子クラブ」の“限定復活”に出演されます。これを機に、「おニャン子」時代に“犬猿の仲”と言われた国生さゆりとテレビで共演される機会が増えました。

「サントリー BOSS 贅沢微糖 おニャン子クラブ 伊藤淳史 15秒+30秒」

同年には、テディベアや自家製のアクセサリー等を販売するインターネットショップ・『EriS』を開設され、翌年2011年7月には、自身の小説『アイドルとつきあう方法』(宝島社)を出版されます。

2014年頃から、骨粗鬆症の母親の介護を始められた事を、自身のブログで公開され、同じ様な境遇の立場にいる方々から反響を呼び、彼女への応援メッセージも送られる様になります。

新田恵利

母親の介護が始まる少し前、新田さんがご出演されたテレビ番組の企画で「脳ドッグ」を受けた結果、脳の血管にコブが見つかり、「脳動脈瘤」であると診断されてしまいます。
診断から3年後、母親の介護が始まって約1年経った頃に、見つかった脳の血管のコブが大きくなっている事が分かり、そのコブにより命の危険があると判断されます。そして2016年6月に手術が行われ、無事成功します。
その後も、再発が無いか確認の為、定期的に病院に通われているそうです。

新田恵利

新田さんは病気を通し、自身の老後についても考える様にもなり、2018年に熱海の高台にある築50年の家を購入され、そこを1年かけて改装され『終の住処』にする事にされました(現在もリフォームを継続中)。
現在は、講演会やラジオのパーソナリティー、記事のインタビューに答えていらっしゃいます。今年2019年1月から、「日刊ゲンダイ」(株式会社日刊現代)が連載している企画『夢と残酷の1980年代芸能史』にて、「おニャン子クラブ」&アイドル時代の裏話等について多く語られています。

新田恵利

参照元URL:

新田恵利オフィシャルサイト
オフィシャルブログ「新田恵利のE-AREA
「NHKハートネット」オフィシャルサイト
日刊ゲンダイデジタル

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