呂比須 ワグナーの現在

公開日: : 最終更新日:2018/11/02 男性スポーツ選手

元サッカー日本代表、呂比須 ワグナー(ロペス ワグナー)は、今どうしているのでしょうか。調べてみました。

ブラジル・サンパウロ州出身で、ブラジル名はワギネル・アウグスト・ロペス(Wagner Augusto Lopes)というそうで、1997年に日本へ帰化しましたが、ブラジルは国籍離脱を認めていない為、日本帰化以降、呂比須は日本とブラジルの二重国籍者となりました。

WIKIによると、引退後、故郷のサンパウロ州に戻り2005年から本格的に指導者としてのキャリアをスタートしたそうです。パウリスタFCでは名将ヴァグネル・マンシーニ監督の下でヘッドコーチを務めたとのこと。
同年、パウリスタFCは小クラブながらセリエA所属の強豪クラブを次々破ってコパ・ド・ブラジルに初優勝。中東のクラブから高額のオファーがあったマンシーニ監督に共に中東行きを誘われるも「外国に住むなら日本に帰りたい。ブラジルに戻ってドバイに行ったら意味がない」と申し出を断り、チームに残ったそうです(感動!)。

2009年に古巣のパウリスタFCからオファーがあり、ヘッドコーチに就任。ブラジル時代の縁で古巣のアビスパ福岡にブラジル人選手のJリーグ移籍の手助けをしたこともあるそうです。2010年に前監督が更迭されると、監督に昇格。その後、サンパウロ州のポン・ジ・アスーカルECでも監督を務めたとのこと。

2011年、再びパウリスタFC監督に就任。同年のコパ・パウリスタで大会優勝(連覇)を果たすも、契約を延長せずにシーズン終了後に退団。

2012年、Jリーグ・ガンバ大阪から監督のオファーを受けるも、日本人監督としてJリーグの監督を務めるのに必要なS級ライセンスを保有しておらず、ブラジル国内でブラジル全国選手権セリエA(1部)及びセリエB(2部)での指導経験がないため、日本サッカー協会から承認が下りず監督就任は白紙に。その後、新監督に就任したサンパウロ時代のコーチであるジョゼ・カルロス・セホーンの下で、ガンバ大阪のヘッドコーチに就任。しかし、開幕から公式戦5連敗と深刻な成績不振に陥り、同年3月26日、セホーン監督、ウェリントンコーチと共に解任されました。
解任まで非常に早かった記憶があります。

呂比須 ワグナー

その後、コメルシアウFC(2012-2013年)、サンベルナルドFC(2013年)、ボタフォゴFC(2014年)の監督を務め、2014年4月-8月までクリシューマECの監督を務めました。
2014年9月よりブラジルセリエBの「アトレチコ・ゴイアニエンセ」、2015年は「ゴイアスEC」の監督で好成績を残すも、選手の起用法に介入しようとするクラブ上層部と対立し、2015年4月に解任されたようです。

呂比須 ワグナー

2017年5月、Jリーグ アルビレックス新潟の監督に就任されましたが、2017年シーズン末をもって退団。

2017年12月11日、パラナ・クルーベの監督に復帰すると発表されましたが、就任からわずか45日で成績不振により解任されています。

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